『モボの統領/モガの女将』DANSENノベルスデジタル

1920年代/ファション小説『モボの統領/モガの女将』

あっ、活動写真館のベルが鳴り出したようですゾ。みなさん、さあ、開幕、開幕!

1920年代/ファション小説『モボの統領/モガの女将』

第一部 青春疾風篇 第一章 魔都、東京

進治郎は、尾張町交差点(銀座四丁目)の角に建つカフェー・ライオン三階の窓際に座り、銀座の街並みを見下ろしながら、エビスビールをゆっくりと飲んでいた。

通りを隔てた向かいには山崎洋服店が、そして斜め向こうには服部時計店が見える。

山崎洋服店のある場所には、もうすぐ日本橋・三越の銀座店が進出してくるらしいし、服部時計店も近々七階建ての新しいビルディングに改築するという話が進んでいる。

銀座にカフェー* と名のつく店はあまたあるけれど、進治郎はライオンがいちばんのカフェーと決めていた。場所もいちばんだし、女給もいちばん。酒が美味いし、料理も洋食屋の老舗「築地精養軒」の直営だから、純粋の欧米式のものを供してくれるのだ。

なによりも、ビールが1リットル売れるたびにウォーッと吼え、ガス仕掛けで火を吐く店の入り口に取り付けられた獅子(ライオン)の造りものが、なんとも壮大ではないか!だから、進治郎は今夜の待ち合わせ場所を、即座にここと決めたのだった。ほら、獅子がまた火を吐いた。

それにしても、きょうの銀座はなんと賑わっていることだろう。

ペエブメント(舗道)にはおびただしい数の日の丸の旗が飾られ、ガス灯から変わった白熱灯がそれを鮮やかに映し出している。

薄暗くなりかけた銀座通りに花電車があらわれ、遠くでジンタ(楽隊)のラッパや太鼓の音が鳴り響いている。

そう、きょうはあの関東大震災からみごとによみがえった東京を祝う帝都復興祭の初日、一九三0年(昭和五)、三月二十四日なのだ。

薄暮とともに、ビルディングの屋根々々にネオンサインが灯りはじめた。緑、赤、青、黄の極彩色の輝き、新聞社の屋上に流れる電光ニュースの黄色い文字、タクシーやトラックなどの自動車がヘッドライトを点けはじめ、光の流れが生まれる。それとともにはじまるクラクションのけたたましい響き……。

遠くから高架線を走る省線電車*の轟音が聞こえ、尾張町の停留所に市電が軋んだ音を立てて停まる。

あっ、向こうの市電の架線が青白い光をあげてスパークした。

エビスビール、いや今度はアサヒをもう一本、と隣に座っている女給に注文して、進治郎はあらためてカフェー・ライオンの店内を見渡した。

広々とした店内には、瀟洒な造りのテーブルと椅子が設えてあり、いまや銀座の名物と化した白いエプロン姿の女給たちが、それぞれのテーブルで紳士たちを相手におしゃべりを提供している。アメリカからきたばかりのジャズ・ソングが流れているのも、銀座らしくてよい

・・・以上、1920年代/ファション小説『モボの統領/モガの女将』 より

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