1968 サイケデリック・エイジ:〈ときめき・シックスティーズ〉より
60年代に何があったかって? そりゃあいろんなことがあったけど、思い出すのはやっぱり映画に音楽にファッション、そして、女のコのことかなあ。あの時代はたしかに毎日がときめいていたもんよ。
池袋の深夜映画館で、健サンの「網走番外地」シリーズ* 5本立てを観て、外に出たとき、時計の針は午前6時過ぎをさしていた。
土曜の夜、10時から座りっぱなしだったので、とにかく腰が痛い。それに腹も減った。
ポップコーンとコップ一杯のコーラだけでは、悠の若いカラダが満足するはずもなかった。
とりあえずハイライト* を1本取り出し、大量の煙を吸い込んで気持ちを落ち着かせ、池袋駅の西口へ急ぐ。早朝の春風が気持ちいい。
このあたりでいちばん早くからやっている店といえば、立ち喰いソバ屋くらいのものだろう。悠は、まだマブタの裏に焼きついている高倉健を気取り、上目遣いで「天ぷらソバ、タマゴを落として」と低い声でボソッと注文した。
まだ眠くてたまらないといった顔つきのソバ屋のオヤジは、若僧がなにを気取ってやがる、という風にジロッと睨んで、ソバ玉をドンブリに突っ込んだ。
あと5時間もすれば、芳江との待ち合わせの時間だ。場所も同じ池袋。時間をつぶすにしても、朝早くから営業している気の利いたパチンコ屋のような店はない。アパートへもどってひと眠りするか、と逸見悠はガラ空きの東上線の電車に乗り込んだ。
目を覚ましたとき、つけっぱなしのラジオからは今仁哲ちゃん* の、あの独特の声が流れていた。それでニッポン放送の「グリコ・リクエスト合戦」だとわかった。朝10時過ぎ、曲が黛ジュンの〝天使の誘惑〟からビートルズの〝ヘイ・ジュード〟に変わった。〝ヘイ・ジュード〟のおしまいのリフレインを聴いてから、悠はやっとフトンを脱け出した。
マズイ。急がなければ芳江とのデートに遅れる。そう意識しながらも、悠はいつもの調子で歯を磨き、顔を洗って、くたびれかけたサンヨー・アイビー・タッチの電気カミソリでヒゲを剃り、同じくサンヨー・パンチ・ドライヤーで丹念に髪を整えた。
仕上げはカネボウ・ダンディのオーデコロンだ。ほかの連中はたいてい資生堂のMG5* を使っているが、とかくメジャーの側にいることを好まない悠は、男の化粧品ならこのダンディと決めている。
・・・以上、〈ときめき・シックスティーズ〉1968 サイケデリック・エイジ より