権力はゴマカシの美しさである・・・1

DANSEN FASHION 哲学 No.9 三島由紀夫:男らしさの美学・・・男子專科(1969年5月号)より

DANSEN FASHION 哲学 No.9 三島由紀夫:男らしさの美学・・・男子專科(1969年5月号)より

金持といふのは仕方のないもので、銀座の洋服屋で毎月十着づつ背広を作ってゐる人がゐた。一年で百二十着になってしまふから、家中、洋服に埋もれて暮してゐるやうなものである。当時私は、お洒落について大いに関心があったから、さういふ人を多少羨しく思わぬでもなかった。

しかし今はちがふ。いろいろ目がひらけてきたからである。

大体、銀座で一番高価な洋服屋、洋品店、理髪店等、男子の容儀を整へるのに奉仕する店は、みんな、肉体的に醜くなった人々に奉仕してゐるから高いのである。洋服の仕立だってさうで、金はフンダンにあるがお腹のつき出たブザマな体格、あるひは使い果したヒモノのやうな体格のお客を迎へて、それをどうにか世間へ出して、社会的体面を保たせるためには仕立の技術、ゴマカシ、糊塗の技術が要る。日本で仕立の技術と云はれてゐるのは、このゴマカシ、トリックの技術のことで、それの巧い者ほど高い金を支払はれるのである。理髪店もさうで、高価な床屋ほど、お客の大半は、心細い頭髪を後生大事にしてゐるえらい紳士達である。黒いフサフサした髪など、自分の以外は見たこともない理髪師が、おそるおそるさういふ五六本の毛を左に分けたり、右に分けたりして、高い料金をとってゐる。そして百円床屋には、ゆたかな若さにあふれた髪がふんだんに集ってくるのである又、かうしてインチキを重ねて、外観体裁をつくろった上で、紳士たちは、身なりにふさはしい洋品を求めて、ビキューナのシャツなどといふ、グロテスクな代物を買ひに高級洋品店へ入る。ただタバコに火をつけるといふ目的のために、金張りのダンヒルの特製などを何十万円で買ふ。

本質的なインチキをごまかすためにほんものの贅沢品を、体にチャラチャラぶら下げて誇示するのである。

・・・次回更新に続く