DANSEN FASHION 哲学 No.27 澁澤龍彦:わが夢想のお洒落(7)
「ばさら」は、したがって、失われた武士階級の文化なのである。しかも、江戸時代の衰弱した武士道精神や、マゾヒスティックに儀式化した切腹美学などとは大いに異なって、野放図なエネルギーにみちみちた、傍若無人な自由思想の産み出したものである。茶道も連歌も花道も、当時のそれは、後世におけるような、せせこましく繁雑化したものでは全くなかった。能楽も、たぶん、そのようなものであったにちがいない。
谷崎潤一郎は『陰翳礼讃』のなかで、次のように書いている。
「ところで、能に付き纒うそういう暗さと、そこから生ずる美しさとは、今日でこそ舞台の上でしか見られない特殊な陰翳の世界であるが、昔はあれが左程実生活とかけ離れたものではなかったであろう。何となれば、能舞台に於ける暗さは即ち当時の住宅建築の暗さであり、又能衣裳の柄や色合は、多少実際より花やかであったとしても、大体に於いて当時の貴族や大名の着ていたものと同じであったろうから。私はひとたびそのことに考え及ぶと、昔の日本人が、殊に戦国や桃山時代の豪華な服装をした武士などが、今日のわれれに比べてどんなに美しく見えたであろうかと想像して、ただその思いに恍惚となるのである。」
・・・次回更新に続く