一着のレインコートをめぐる小説風断片(3)
これがシーンだ。
このシーンが語っているものは、11月、雨、都会、喫茶店、夕方、そして男をくるんでいる軽い倦怠感・・・・・・そんなあたりだ。
次に小説が為すべきことは、この男への肉づけだ。彼は何歳で、どんなタイプの男で、いったい何を考えているのだろう? 急ぐことはない。プラモデルを組みたてる時のように細かい部分からゆっくりと始めよう。
まず最初に、コートだ。
彼の座った隣りの席には、雨の色に染まったレインコートがぽつんと置かれていた。シートが濡れないようにライニングを表にして小さく折り畳まれたレインコートの姿は、まるで年老いた小動物のように見える。きっともう10年は使い込まれているのだろう。ぶ厚いベージュの中にうっすらとかすんだ白が混じり、肩口には脱けがらのような奇妙な温かみが漂っていた。気持のよいくたびれ方ではあるにしても、くたびれていることに変わりはない。一流ホテルのクローク係なら、5ミリくらいは眉をしかめそうなコートだ。
・・・次回更新に続く