日本でそもそも「◯◯族」という言葉が使われた最初は、1948(昭和23)年の「斜陽族」からだという。太宰治の小説『斜陽』(1947年12月刊)から出たもので、第2次世界大戦後に没落した上流階級の人たちをそう呼んでおり、これは48年6月、太宰治が玉川上水で心中事件を起こしたところから、一気に広がったものだ。これが51年には会社の車を乗り回し、高級料亭で遊びまくる「社用族」というように転用されるようになるが、日本における「族」の歴史なんてそんなものだったのだ。いずれもファッションとはなんの関係もないが、徒党を組んでとんでもないことをやらかす若者集団という意味では、やはり「太陽族」を日本の「族」の元祖としなければならないだろう。そして、そのリーダーと目された青年こそ石原慎太郎氏(元・東京都知事)であったのだ。

リッチ感覚の日本の若者像

年代別『ファッション族』物語:リッチ感覚の日本の若者像

80年代「クリスタル族」1981~1983

田中康夫氏の学生時代の小説『なんとなく、クリスタル』(1980年『文藝』賞受賞)から生まれたもので、「なんクリ族」とも呼ばれる。1970年代半ばごろから世界の一流品とか生活道具などを克明に紹介する「カタログ文化」というものが起こってきた。これによって若者たちは一流のファッションブランドというものを知り、それを手に入れたいと思うようになる。豊富な経済力を背景とした新しい消費文化が、ここに生まれようとしていたのだ。そうした傾向を鋭敏に感じとり、当時の大学生たちの行動を通して、みごとに活写してみせたのが『なんとなく、クリスタル』という小説だった。1981(昭和56)年1月に単行本として発行されると、たちまちベストセラーとなり、これと同じ行動をとる若者たちが「クリスタル族」などと呼ばれるようになる。一流ブランドのファッションを身につけて、流行の店でナンパに明け暮れる大学生たちの生態。それはリッチ感覚にあふれたまったく新しい日本の若者像をとらえていた。