ホテル・ニューハンプシャー

男子專科 1986年8月号 NO.269 より

男子專科 1986年8月号 NO.269 より

「人生はおとぎ話」なんですって、信じよかな。

週刊誌で連載コラムを持っているのだが、先日その担当デスクが入院した。結核なのだという。

「笑っちゃいけないんだけどさあ、やっぱり笑っちゃったよ。いまどき、結核なんてさあ」

と、知らせてくれた友人は電話口で笑うのだ。それを聞いてる私も「そりゃ、笑っちゃうわよね」などと不謹慎なことを言ってしまった。本人や家族にとっては、それこそ笑いごとじゃないけれど、なんだか妙におかしいのだ、困ったことに。

『ホテル・ニューハンプシャー』を見ていたときも、そうだった。たとえば、心臓の弱いおじいさん(ウィルフォード・ブリムリー)が、死んだ飼い犬のはく製が戸棚から転がり出て来たのを見て、思わず死んでしまうシーン。思わず死んでしまうなんて変な表現だけど、本当にそんなニュアンスで死んでしまうのだ。これにも、つい笑ってしまった。映画はスラプスティック・コメディじゃないんだし、主人公一家にとっては悲劇的なできごとだというのに、だ。

この映画の主人公はベリー一家。父親ウィン(ボー・ブリッジス)と母親メアリー(リサ・ベインズ)に長女フラニー(ジョディ・フォスター)、長男フランク(ポール・マクレーン)、次男ジョン(ロブ・ロウ)、次女リリー、三男エッグそして祖父ボブの8人家族。

彼らが、ホテル経営に乗り出し、それが左前になったころ、父母の仲人的役割を果たしたユダヤ人のフロイト(ウオーレス・ショーン)に招かれてウィーンでのホテル経営に参加、結局失敗して米国に帰るがリリーの小説が売れて、おかげでまたホテルを手に入れる、とまあ、こんな話。

これが、あきれるくらいあっさり家族が死ぬのだ。例のおじいさんをはじめ、ウィーンに渡る途中で母親と三男が死に、最後はリリーまで自殺してしまう。一家にとって確かに悲しいできごとなのに、まるでサラサラ、ケロケロと流れてしまうのがスゴイ。フラニーとジョンの近親相姦という、常識では眉を逆立てるような情景さえ、なんだかおかしくってニコニコ見てられるという不思議な映画。

悲しいできごとなのに笑えちゃうとか、楽しいことのはずなのに笑えないなんてのは、よくあること。それが人生なのよ、としたり顔で断言できるほど、私は老けちゃいないけど、確かに世の中すべては表裏一体ってことはある。リリーの言葉「人生はフェアリー・テールよ」というのを信じるほど、私かわいくもないけど、やっぱりそうかなと思ったりもする。なにもかもゴチャ混ぜにはいってて、それでも人生って素敵よ、なんて恥しくてとても言えないけど、この映画はそんな気にしてくれるキラキラした美しさがあるのだ。

ところで、ロブ・ロウが良い。ひ弱そうで強情そうで、重そうで軽いという役が似合ってて。『栄光のエンブレム』みたいに熱血しちゃうなんてムリ、今後はやめてほしいものだ。