フール・フォア・ラブ

男子專科 1986年9月号 NO.270 より

男子專科 1986年9月号 NO.270 より

「首すじを思うとなぜか泣けた」なんてセリフの決まる話題作

映画ファンなら男といわず女といわず声を出してよろこび、ファッション派の男性なら体をのり出して興味をもつ・・・・・・という、超大型の誘題付き名画である。

映画好き人間なら話を聞いただけで震えが止まらないといわれる話題の主は、現代を代表する劇作家の1人サム・シェパード。彼は自分の戯曲を初めて映画化させ、しかも自らシナリオを書き、主役の青年にも挑戦した。またこの映画の監督に『マッシュ』や『ロング・グッドバイ』のヒット作品を送り出した鬼才ロバート・アルトマンを指名し、演出を依頼している。

こうして、映画界と演劇界のビッグな2人が顔を合わせ、荒野の中でさまよう若い男女のロマンを悲しくうたいあげていくというわけだから、作品の出来栄えはよく、ドラマの内容も申し分ない。

映画は、塵りだらけになったトレーラーをカウボーイ姿の野性味豊かな青年が運転をしてくるシーンから始まる。砂漠のはすれにポツンと立っているモーテルで待つ若い女を目あてに、青年は放浪の旅から帰ってきたのだ。

2人はかつて愛しあっていたが、ある公然の秘密があったことから、女は男を拒否する。だが、再び男が立ち去ろうとすると、女は必死に止めようとする。泥沼のような深みから抜け出せない男と女の間には、激情の嵐が吹き荒れていく。そして、彼女のボーイ・フレンドが現われたことから、意外な真相が暴露され、波乱に富んだ結末を迎える---、というのがこの作品の物語である。

時には激しく、時には陰にこもる若い男を演じるサム・シェパードは、『ライトスタッフ』でオスカーの主演男優賞にノミネートされたことから自信をつけ、この映画でも全力投球で、細かい動作にまで気を配った個性派らしい名演を見せる。鋭い目つきと激しい動きで、画面に観客を引きつけていくのはさすがだ。とくに自らシナリオを書いたこともあって、セリフの活かし方がうまいのが印象に残る。なかでも、「首すじを思うと、なぜか泣けた」

「会いたかった。あんな気持ちははじめてだ」など、最近の映画ではちょっと聞かれなかった、きざなセリフが出てくるのが男性としてはうれしくなってくる。それにセクシーな魅力で迫るキム・ベイシンジャー(『ネバーセィ・ネバーアゲイン』『ナインハーフ』で名演技を見せた人気女優)を相手に、間をとっていや味たっぷりにセリフを言うあたりは貫録十分である。

そして、シェパードが持に依頼したアルトマン監督は、ガラス越し芸術ともいうべき至芸で若い男と女が愛し憎み合う心の葛藤をシャープに、そして荒々しく描いて、この作品に期待するファンを満喫させる。只単にビッグな2人が顔を合わせて作ったというだけでなく、シェパードが徹底的に使われたことによって彼自身の味が生き、不思議な面白さをもった作品になっているのが魅力だ。