男子專科 1986年1月号 NO.262 より
ダシール・ハメット(アメリカ:ハードボイルド作家:1894~1961)-2
そう、おれの血の収穫なのさ。
こんど正月映画として公開されることになった「ハメット」は、じっさいのミスター・ハメットをモデルにしてストーリーが組立てられています。ミステリ作家でやはり元私立探偵という経歴をもつジョー・ゴアズの同名の原作をフランシス・フォード・コッポラの製作、『パリ・テキサス』を撮ったヴィム・ヴェンダース監督の手で映像化したもので、時代設定は1928年。リリアン・ヘルマンと運命的な出会いをする2年前のハメットの姿が描かれている。ハメットを演じているのはフレデリック・フォレストという俳優ですが、彼が扮するハメットはトレンチ・コートにスナップ・ブリムと呼ばれる粋なフェルト帽(前のツバを引き下げ、頭頂部がへこませてある)をかぶり、なかなかの男前を見せています。
バーボン・ウイスキーをあおりながらタイプライターをたたくその伊達男ぶりは映画のための誇張や改造ではなく、「本物」をかなりリアルに再現しようとしているようです。じっさいのハメットも、少々痩せてはいましたが、作家らしからぬ端正でハンサムな容貌の持主として知られていました。
写真で見ても、映画『マルタの鷹』でプライベイト・アイのサム・スペイドを演じたあのハンフリー・ボガートとならんでも決してヒケをとらないような感じの男っぷりのよさが分かります。「ハードボイルド」という言葉は、いまでは一種のカッコよさを語る代名詞にもなっていますが、その生みの親であるハメットこそまさにハードボイルド・タンディを地でゆく人だったと言っていい。ヘルマン嬢がひと目でイカれてしまのももうなずけます。
「白い髪、白いパンツ、白いシャツが日暮れの太陽のなかで、くっきりと粉れもない姿をつくりだしていた。それは、これまで私が見たなかでもっともハンサムに見えたものだったかもしれないと思った」
とミズ・ヘルマンはのちにある夏の日のハメットのあざやかな印象を語っていますが、こうした極めつきの美男子の手によって「ハードボイルド」という新しいスタイルが創造されたことは考えてみるといささか不思議な気がしないでもありません。
・・・次回更新に続く