一着のレインコートをめぐる小説風断片(7)
まず最初に茶色いコードヴァンの札入れ、中には何枚かの札と名刺が無造作につっこまれている。たいした額の金ではない。女の子と2人でホテルのバーにでかけて2時間ばかり気持よく酒を飲み、彼女をタクシーで家まで送り届ける、その程度の金だ。
次に飾り気のない銀メッキのキー・ホルダー。25歳の誕生日のちょっとした記念品だ。そこにはアパートの鍵、そしてわけのわからない(本人でさえ用途を忘れてしまったような)ふたつの古い鍵。何処かで鍵穴を喪失してしまった2本のモニュメントだ。
長い間使い込まれてきた黒いビニールの手帳と細いシャープ・ペンシル。音楽会の半券が2枚。そしてバラバラの小銭。白いハンカチが1枚。
彼は小銭を何列かにきちんと並べ、残りの品物をもう一度コートのポケットに収める。そしてコートを丁寧に折り畳み、椅子の上に戻す。
4時28分。彼は小さなため息をつき、無意識に肩をすくめる。
・・・次回更新に続く