一着のレインコートをめぐる小説風断片(8)

DANSEN FASHION 哲学 No.111 村上春樹:一着のレインコートをめぐる小説風断片・・・男子專科(1981年1月号)より

DANSEN FASHION 哲学 No.111 村上春樹:一着のレインコートをめぐる小説風断片・・・男子專科(1981年1月号)より

さて、これがボケットの中身だ。めぼしいものがあるわけではない。そこにはいっているものはささやかな生活の匂いだ、おそらく彼はそれほどの金持ちではないだろう。もっとも貧乏なわけでもなさそうだ。趣味だって悪くはない。少なくともルイ・ヴィトンの札入れを持ち歩くというタイプじゃない。自分なりの世界でそっと生きつづけ、他人に対してうまいことばがみつからないままになんだか疲れてしまった。そんなあたりかもしれない。

ガールフレンドが1人いるかもしれない。コンサートの半券が2枚、おまけに同じもぎり方だ、そして2人ともお互いに少しくたびれ始めているのかもしれない。彼はあまりにも雨を気にしすぎるし、あまりにも時計を眺めすぎる。

・・・次回更新に続く