昨日と今日の男の博物誌:ダシール・ハメット:男子專科 1986年1月号 NO.262

男子專科 1986年1月号 NO.262 より

ダシール・ハメット(アメリカ:ハードボイルド作家:1894~1961)-5

そう、おれの血の収穫なのさ。

ハメットが『ブラック・マスク』への第1作を書こうとしていた1、2年前あたりから、アーネスト・ヘミングウエイも抑制のきいた文体を駆使した新しいスタイルで小説を書くことを試みはじめていました。

「こうした言葉づかいはまた、シャーウッド・アンダスンの手探りめいたしゃべりや、リング・ラードナーの無表情な風刺や、ヘミングウエイの儀式めいた平明さのなかにその同時代の文学ソースを持っており、そこからブラック・マスクは暴力的な主題に対する勇気を得ていたのだろう」

と『The HARD-BOILED DETECTIVE/STORIES FROM BLACK MASK MAGAZINE1920-1951』の序文にあるように、ハードボイルド・スタイルは同時代のすぐれて自由頑強な作家精神の、「共鳴作用」の結果生まれてきたものだと言っていいかもしれない。名なしの探偵コンティネンタル・オプの一人称で語られてゆくハメットの長編第1作『血の収穫』は、50年以上経ったいま読んでも、まったく古さを感じないだけではない。まるでついきのう書かれた作品のようなイキのよさが味わえるから驚かされる。ハードボイルド・ミステリと称する作品はいまも大量に生産されているけれど、そのほとんどがただのハッタリと古くさいクリシェ(陳腐な言葉づかい)に醜くくるまれた、ハードボイルドとは似て非なる無用なフォニーにすぎないことを『血の収穫』は非情なまでに教えてくれます。

・・・次回更新に続く