服装の流行は、まず「モード」として現われる。ここでいうモードとは「最新型」という意味で、デザイナーによる「創作」などがここに含まれる。これが流行に敏感な人たちの支持を得て拡大すると、「ファッション」と呼ばれるようになるのだ。ここでのファッションとはまさしく「流行」の意味。そして、ファッションがさらに普及し、大衆の間で定着を見るようになると、これは「スタイル」という言葉に置き換わる。スタイルとは、すなわち「定型」とか「様式」の意味。これを「流行の三角構造」などと呼んでおり、ファッション界では常識的な考え方となっているのだが、実際にはモード、ファッション、スタイルの使い分けはこれほど明確には行われてはいない。近ごろの流行を見ていると、モードとして生まれてはみたけれど、ファッションになるまでに消滅してしまう例が驚くほど多いことに気づく。これを「ファド」とか「クレイズ」と呼ぶことも覚えておきたい。
日本の男たちにとってのファッション革命
「アイビー・ルック」1960~1965
1960年代前半最大のヒットファッションとなったのはアイビー・ルックだった。50年代初期からアメリカで流行していたアイビー・ルックを、日本の若者たち向けのカジュアル・ファッションとして紹介したのは、当時のVANヂャケットの社長であった石津謙介である。ファッションに関心はあるものの何を着てよいかわからなかった若者たちにとって、これは格好の教科書となった。1963(昭和38)年、石津謙介を中心とするMFU(メンズファッションユニオン)のキャンペーンテーマ「TPO」(いつ、どこで、何を着ればよいか)のかけ声に乗って、アイビー・ルックは爆発的に流行を見る。これはまさに日本の男たちのファッション革命であった。雑誌『メンズクラブ』による啓蒙も功を奏し、さらに1964(昭和39)年に創刊された男性週刊誌『平凡パンチ』の影響もあって、アイビー・ルックはたちまち全国化し、「みゆき族」や「カラス族」といった族ファッションまで作り出すようになった。