ファッションについては大概のことは知っているつもりだが、それでもどうしてもわからないことは多い。たとえば「リゾート着はなぜ派手なプリント柄が多いの?」と問われても、リゾートウエアってそんなものでしょ、とか、そうじゃない大人しい無地のリゾート着ってのも結構あるよ、などと答えるしかないのだ。ま、これもファッション・トリビアに関するようなもので、知っておいて損にはならないが、知らなくてもどうでもよいことが多い。ただしフォーマルウエアについての知識、こればかりは知っておいてけっして損にはならない。というよりも知らないと恥をかくことにもなりかねないのだ。何をどう着ようがかまわない自由な着こなしが横行する現代の世の中だが、フォーマルウエアの世界だけはそういうわけにはいかない。
招待状に「ブラック・タイで」の指定だと、なぜタキシード着用なの?
男の夜の礼装はイブニングコート(燕尾服)をもって最上級としている。スワローテイルコート(テイルズ)などとも呼ばれるこれは、1789年の春に「チェックイン・フロックコート」の名で登場し、1850年代に至って夜間の正礼服へと昇格した。その着こなしには厳格なルールがあり、ネクタイは白麻のボウタイ(蝶ネクタイ)でなければならなかったし、ベストは白ピケ製と決まっていた。このイブニングコートの略式として登場したのがタキシード(英国ではディナージャケット)だったのだ。したがってイブニングコートほどかしこまる必要もなく、ベストの代わりにカマーバンド、硬いドレスシャツではなくソフトカラーのシャツ、側章も1本でよい、と簡略化の傾向が進んだのである。となるとネクタイもボウタイの形はよいが、白麻よりも扱いやすいもので、かつ汚れの目立たない黒のシルク地のものにしようということになったのだ。ここに「ホワイト・タイ」は燕尾服着用の、「ブラック・タイ」はタキシード着用の、というドレスコードが定まったのである。