昨日と今日の男の博物誌:ダシール・ハメット:男子專科 1986年1月号 NO.262

男子專科 1986年1月号 NO.262 より

ダシール・ハメット(アメリカ:ハードボイルド作家:1894~1961)-3

そう、おれの血の収穫なのさ。

「なんのさわぎ?」おれはこの男にたずねた。

男は返事をする前に、用心深くおれを見た。なにかしゃべってもだいじょうぶな相手がたしかめたかったようだ。男の目は、着ている服とおなじようにグレイだったが、やさしいグレイではなかった。

「ドン・ウイルスリが神の右手にすわることになったんだ。もし、神さまが弾丸の穴を気にしなけりゃね」

「だれが撃ったんだい?」

グレイの男は首のうしろをかいた

「鉄砲をもったやつさ」

(ハメット『血の収穫』田中小実昌訳)

右に引用した数行を読んだだけでも伝わってくるように、ハードボイルド・スタイルというのは、クールで、ざっくばらんで、簡潔で、ウイットの利いた語り口のことです。

「ハードボイルド」とは、もともと「固茹で卵」のこと。それが、「乾いて、冷徹非情なスタイル」を意味するようになったのは、軍隊の新兵訓練所の鬼教官がつけていたノリでバリバリに固めたシャツの衿---まるでハードボイルド・エッグみたいにこわばった衿の持主である教官殿の冷酷無情なイメージに端を発していると聞きましたが、真偽のほどは定かではありません。

・・・次回更新に続く