「取るに足らぬこと、些細なこと」を英語でトリビア trivia といい、当時のテレビ番組『トリビアの泉』以来、大変な雑学、蘊蓄ブームを巻き起こすようになっているが、ファッションの世界にはこれに類するトリビアがことのほか多く見受けられる。たとえば「腹巻き」は16世紀のヨーロッパで生まれ、日本では明治時代にキモノから洋服に変化したときに帯の代わりに用いられたという。またトートバッグはもともとキャンプ地で水を運ぶために使われていた、というのもこれを知らない人にとっては「目からウロコ」の話となるだろう。ファッションに関するトリビアは語源や発生にまつわる話が多いけれど、それを知っているとつい誰かに自慢したくなるものだ。それこそトリビアのトリビアたるゆえんなのだが、あの女性ファッション誌『JJ』のタイトルが「女性自身」のアルファベット綴りの略からきているって知っていました?

アロハシャツを作ったのは日本人

ファッション・トリビア蘊蓄学:アロハシャツを作ったのは日本人

アロハシャツのルーツを探っていくと、いくつかの面白い事実に突き当たる。そして、いずれも日本人がおおいに関係しているということに驚かされるのだ。まず、アロハシャツの原型は19世紀末からハワイの農夫が着ていたパラカというシャツで、日本からの移民が古いキモノやユカタをパラカに仕立て直して着ていたのが、アロハシャツとして自然に広まっていったという説がある。二番目は1922年に移民としてハワイに渡った酒田半蔵、幸江夫妻が子供たちに作ったキモノ柄のシャツが評判になり、やがて「アロハシャツ」というブランド名を付けて売り出すまでになったという話がある。また1933年にホノルルの信濃屋あるいは上州屋なる洋服店の宮本某氏が、アメリカ人の依頼によってユカタ地でシャツを作ったのが始まりという説もある。「アロハシャツ」という名称を正式に商標登録したのはエラリー・J・チャンという中国人で、このことからチャンがアロハシャツの創始者などといわれているが、実際にアロハを作り出したのは日本人であることに間違いない。