昨日と今日の男の博物誌:ダシール・ハメット:男子專科 1986年1月号 NO.262

男子專科 1986年1月号 NO.262 より

ダシール・ハメット(アメリカ:ハードボイルド作家:1894~1961)-1

そう、おれの血の収穫なのさ。

英語で「探偵」を意味する言葉はふつう「ディテクティブ」だが、ほかにも次のような言い方のあることがモノの本に出ています。

シャドウ(影、つまり尾行者ですね)
フライ・コップ(飛んでく刑事)
プレーンクローズマン(私服の男)
ガムシュー(ゴム底靴)
シャマス(とくに「ホテルの探偵」をさす言葉で、なんでもユダヤ教会の警備世話役を意味するヘブライ語のShamashから転用されたものだそうです)

とまあ、いろいろあるもんですね。

で、最後にもうひとつ出ている言葉がある。「プライベイト・アイ」というのがそれですが、こいつはアメリカ製のミステリ・ノベルのファンなら「私立探偵」を意味する言葉として先刻ご承知のはずです。

このPrivate eyeの「eye」が「investigator(探索者)」の頭文字の「i(アイ)」をちょっとシャレて置き換えたものなんだとは知りませんでした。

なんでも、「プライベイト・アイ」がミステリ作家たちに好んで使われるようになったのは1942年ごろからなんだそうです。こうした言い方をはやらせたのは、レイモンド・チャンドラーをはじめとした作家たちでしたが、なかには本物のプライベイト・アイ稼業の体験をもっている異色の書き手も混じっていました。

サミュエル・ダシール・ハメット、がその人です。

ハメットはこの当時、すでに48歳になっていて、チャンドラーたちの先輩作家として知られていました。チャンドラー自身、もっとも影響を受けた作家としてハメットの名前をあげていますが、「プライベイト・アイ」という言葉が盛んに使われだしたこのころのハメットは、ほとんど作品を書かない作家となっていたらしい。事実ハメットの代表作として知られている『血の収穫』、『デイン家の呪い』、『マルタの鷹』、『ガラスの鍵』の4作はすべて1927年から1931年までのほぼ5年間に書かれている。あとは何をしていたかといえば、妻子と離れて住みながら短編を書いたり、飲んだくれたり、恋人兼友人役をつとめていた劇作家志望のリリアン・ヘルマンと文学論をたたかわしたり、いっしょに遊んだりしていたようです。

・・・次回更新に続く