服装の流行は、まず「モード」として現われる。ここでいうモードとは「最新型」という意味で、デザイナーによる「創作」などがここに含まれる。これが流行に敏感な人たちの支持を得て拡大すると、「ファッション」と呼ばれるようになるのだ。ここでのファッションとはまさしく「流行」の意味。そして、ファッションがさらに普及し、大衆の間で定着を見るようになると、これは「スタイル」という言葉に置き換わる。スタイルとは、すなわち「定型」とか「様式」の意味。これを「流行の三角構造」などと呼んでおり、ファッション界では常識的な考え方となっているのだが、実際にはモード、ファッション、スタイルの使い分けはこれほど明確には行われてはいない。近ごろの流行を見ていると、モードとして生まれてはみたけれど、ファッションになるまでに消滅してしまう例が驚くほど多いことに気づく。これを「ファド」とか「クレイズ」と呼ぶことも覚えておきたい。

アイビー・ルックの弟分的な存在だったプレッピー・ルック

年代別『流行ファッション』物語:アイビー・ルックの弟分的な存在だったプレッピー・ルック

「プレッピー・ルック」1979~1982

60年代の後半からアヴァンギャルド・ファッションやジーンズ・ファッションの陰に隠れて姿を消していたアメトラ調のファッションが、70年代の末に至って復活の気配を見せるようになる。その第1弾がアメリカの大学進学の予備校的な私立高校、プレパラトリー・スクールに通う高校生たちの服装から生まれた「プレッピー・ルック」だった。これはまさしくアイビー・ルックの弟分的な存在。日本のマスコミはこれを「ニュー・アイビー」などと紹介したものだが、プレッピーは高校生が中心なだけに、その着こなしにもアイビーとは異なる自由な雰囲気があふれていた。たとえば同じブレザーを着ても、プレッピーはポロシャツを合わせたりウールタイを用いたりする。ボトムに至ってはチノーズやブルージーンズをもってきて着崩すというのが、プレッピー・ルックのやり方なのだ。これが80年代に入ると大流行し、やがて「渋カジ」ファッションの誕生につながるのである。